釣銭には必ず新札をお渡しするお店がありました。硬貨も新しいものをお渡ししたいのですが、それは難しいので紙幣だけでも、と言っていましたが、確かにしわだらけの釣銭を貰うよりも気持ちのいいものです。釣銭を新札にしたからといって何も客が増えるわけではありませんが、これも清潔感の延長かも知れません。
これもお店にとっては小さなことかも知れませんが、お客様にとっては大きなことに写るのです。
居酒屋で冷酒を注文すると小皿の上や、枡の中にコップを置いて目の前で酒を注いでくれるシーンをよく見かけます。酒がこぼれないように腰をかがめて、つい口を近づけるのが酒飲みの癖ですが、時折、大丈夫かな?と不安になることがあります。
特に学生風の男性バイトと思しき人から注がれると、その不安は高まります。というのも、そのコップの外側は明らかに手で触っています。そこへ酒がこぼれ落ち、それを飲むわけですから手は清潔なのかなぁ、と心配になるのです。これが若い女性ですと、まぁいいか、エキスをもらえれば有難いものだ、と思う客もいるかもしれませんが・・。
函館の築後100年は経とうというある老舗でした。木造家屋の2階建てだったと記憶していますが、廊下のところどころに凹みがあったり、階段もやや傾いている感じでしたが、店内の見事に磨き上げられた美しさにしばし見惚れていたのを思い出します。
いぶし銀のような黒光りした柱を見ていると、歴史の重みを感じるとともに、ここまで磨き上げてきたお店の方々の並々ならぬ努力が偲ばれるひとときでした。
ここまで長々と清潔感について述べてきました。
清潔感というのは不思議なもので、一度ピカピカに磨き上げ、それが定着すると逆に汚さなくなるものです。ですから綺麗な店はいつ行っても綺麗なのでしょう。
コンセプトの整合性と清潔感を見直した段階でほぼ「客の受け入れ体制」は整備されました。勿論、これ以外にも商品や接客や店舗造作や販売促進等、語ればいくらでもありますが、それらは追々語ることもあろうかと思います。
これは必ずしも見直す、という問題ではありませんし、フリ客獲得のところで述べようと思っていましたが、清潔感の延長としてファサードのことを次回に取り上げたいと思います。