Archive for 2012年2月27日

16:清潔感(クレンリネス)(その5)

釣銭には必ず新札をお渡しするお店がありました。硬貨も新しいものをお渡ししたいのですが、それは難しいので紙幣だけでも、と言っていましたが、確かにしわだらけの釣銭を貰うよりも気持ちのいいものです。釣銭を新札にしたからといって何も客が増えるわけではありませんが、これも清潔感の延長かも知れません。

これもお店にとっては小さなことかも知れませんが、お客様にとっては大きなことに写るのです。

 

居酒屋で冷酒を注文すると小皿の上や、枡の中にコップを置いて目の前で酒を注いでくれるシーンをよく見かけます。酒がこぼれないように腰をかがめて、つい口を近づけるのが酒飲みの癖ですが、時折、大丈夫かな?と不安になることがあります。

特に学生風の男性バイトと思しき人から注がれると、その不安は高まります。というのも、そのコップの外側は明らかに手で触っています。そこへ酒がこぼれ落ち、それを飲むわけですから手は清潔なのかなぁ、と心配になるのです。これが若い女性ですと、まぁいいか、エキスをもらえれば有難いものだ、と思う客もいるかもしれませんが・・。

 

函館の築後100年は経とうというある老舗でした。木造家屋の2階建てだったと記憶していますが、廊下のところどころに凹みがあったり、階段もやや傾いている感じでしたが、店内の見事に磨き上げられた美しさにしばし見惚れていたのを思い出します。

いぶし銀のような黒光りした柱を見ていると、歴史の重みを感じるとともに、ここまで磨き上げてきたお店の方々の並々ならぬ努力が偲ばれるひとときでした。

 

ここまで長々と清潔感について述べてきました。

清潔感というのは不思議なもので、一度ピカピカに磨き上げ、それが定着すると逆に汚さなくなるものです。ですから綺麗な店はいつ行っても綺麗なのでしょう。

 

コンセプトの整合性と清潔感を見直した段階でほぼ「客の受け入れ体制」は整備されました。勿論、これ以外にも商品や接客や店舗造作や販売促進等、語ればいくらでもありますが、それらは追々語ることもあろうかと思います。

 

これは必ずしも見直す、という問題ではありませんし、フリ客獲得のところで述べようと思っていましたが、清潔感の延長としてファサードのことを次回に取り上げたいと思います。

 

15:清潔感(クレンリネス)(その4)

店内に入るなり、カウンター席の椅子の背もたれが一線上にキチンと揃って並んでいるのを見ると、その店の清潔感を感じます。

カウンター上の箸の並び然り。 ある店ではカウンターの手前から10cmのところに箸を並べよ、という規則がありましたが、決められた物が決められたとおりに整頓されているのは見ていても嬉しくなります。

時折、女子社員と連れ立って食べ歩いたこともあります。

「久し振りにあの店に飲みに行こうか」と誘いますと「絶対あの店には二度と行かない」と言います。何故かと聞くと「前回行ったとき、床にゴキブリがいた」と。こんな例はいくらでもあります。

もう一例。ラーメン店で従業員がラーメン丼の縁を指で触って提供した店。

客が口をつけるところを無造作に指をかけるなど、非常識きわまることです。

これで繁盛店などになれるわけがありませせん。

 

私は生ビールが大好きです。 しかし、店に入ってすぐには注文しません。 隣のお客さんの生ビールを見てから注文するかどうかを決めます。 それを見れば、この店の生ビールが美味しいか、不味いか、を判断できるからです。

生ビールが美味いか美味くないか。 それを決めるのは店側の提供の仕方にあります。 生ビール器具の洗浄とジョッキの洗浄の仕方にあります。

毎日、よく洗浄された器具から出てくるビールはクリーミーな美しい泡立ち、透明感のある琥珀色、よく洗浄されたジョッキには内側に小さな泡など付着していません。 一目瞭然です。 同じ金を出して飲むなら美味しい生ビールを提供する店に限ります。

私は何十年間、「美味しい生ビールを出しなさい」と言って指導してきたことでしょう。

カニ泡で生ビールを提供するのは不潔感の表れです。

 

清潔感は衛生管理にまで関係してきます。

昨年夏、焼肉店で死亡事件が発生し、大きな社会問題になったことは皆さんもご承知のはずです。 正しく飲食店はお客様の命を預かっている証左です。

調理設備や調理器具の徹底洗浄や従業員の手洗い励行等、衛生へのきめ細かい施策を徹底していただきたいと思います。

「この店の料理は安全なのだろうか」という不安をお客様に抱かせたら、もはや絶望的です。

 

14:清潔感(クレンリネス)(その3)

福島県を訪れたとき、或る小規模な焼き鳥屋さんから売上不振の相談を受けました。

店を視察し私の結論を申し上げました。「商品の味もボリュームも価格もすべて及第点。しかし、クレンリネスは零点」だ、と。

それから3日間、店を休んで老夫婦2人で店を磨き上げました。焼き鳥屋は特に店内が油っぽくなります。椅子に座るとき、自分の衣服が汚れる(実際には汚れなくても)かもしれないような店に女性は絶対に行きません。オーナーの奥さんは押入れから古布を引っ張り出し手張りで椅子を新調しました。かかったお金は洗剤代だけです。

店は見事に生き返りました。私は、すぐに行動に移した老夫婦の実行力こそ店を救ったのだと思います。清潔感の凄さを再確認した事例です。

 

東京世田谷のある寿司店のオーナーから聞きました。

「私の店の営業時間は夜だけの6時間。私は毎日営業時間と同じ時間だけは掃除をしています」と。

さすがに店はピカピカです。店は既に築後30年と言われていましたが、磨かれた柱は光り輝いていました。飲食店の清潔感の手本を見た思いでした。

 

京都祇園にある割烹店のオーナーから聞きました。

「これだけ規模の大きな店になれたのは、すべてお客様のお陰。この店も決して自分の店ではなく、お客様からのお預かり物です。お預かりしているものを綺麗にするのは当たり前です」と。手の空いた時間は常に店を磨き続けていたのが忘れられません。

 

清潔感は店舗だけではありません。お預かりしているキープのボトルにも留意すべきです。

東京時代私がよく通った店では、毎日必ずキープされたボトルを拭いていました。

いつ、客が来てもしてホコリひとつ無いボトルが出てきます。

往々にしてホコリをかぶったボトルを無神経に出す店があります。例え毎日拭かなくても少なくとも提供する時には、布巾を当てるぐらいの配慮は欠かさないでください。

 

あるオーナーから聞いた話です。

カウンターの上に頭髪が1本落ちていたのをお客様から指摘された、と。

なるほど、カウンターの拭き掃除をする者は、高さ1メートルほどの高さからカウンターを見る。しかしお客様は30センチの近さから見る。それからはお客様と同じ高さから拭く様にしている、と。

 

13:清潔感(クレンリネス)(その2)

洗剤を買ってきてください。かかる費用はこれだけです。

2~3日もあればお店は生まれ変わります。

 

ファサードは人間の顔と同じです。

女性を見てご覧なさい。他人様に美しく見られたいがために毎日入念にお化粧をしているではありませんか。それと同じです。

看板や暖簾や提灯に汚れはありませんか。

カウンターの下やテーブルの下はお客様のズボンやスカートが触れるところです。自分の衣服が汚れるかも知れない店に来いと言うほうが無理です。

カウンターの上に雑然と物を乗せ、それを避けるように座れというほうが無理です。

 

数え上げればキリがありません。

兎も角、店の外から中までピカピカに磨き上げ余分なものは排除し、整理整頓された店にするのです。

 

しかし間違ってもらっては困ります。

何も店をピカピカに磨き上げたといって客が増えるわけではありません。何故なら清潔感というものは飲食店にとって当り前のことだからです。その当り前のことが当り前になったというだけです。

客はあなたのお店だけに来ているわけではありません。他の店にも必ず行っています。

客は特に意識していなくても自然と清潔感は目に入り他店と比較しています。

一旦「汚い店だなぁ」と思えば必ず他の店に行くことになります。

 

店の清潔感というものは毎日見慣れていると、これでも営業できている、と思って何の反応も示さなくなります。多少不潔でも当り前の感度になってしまっているのです。

これが怖いのです。

 

もうひとつ間違ってもらっては困ります。店の年数が経ち老朽化することと清潔感はまったく別の次元の話だということです。

年月の経過とともに素材の老朽化は当り前のことです。だからといって清潔感も失われるものではありません。勘違いしないでください。

 

清潔感は衛生管理にも直結する重要事です。今一度根本的に見直してください。